2011年の体験談 富士山駅から徒歩で登頂

■投稿者紹介  内田 實 様 私は茨城県の潮来市に住む59歳の男性です。富士山大...

2011年の体験談 富士山駅から徒歩で登頂

■投稿者紹介  内田 實 様
私は茨城県の潮来市に住む59歳の男性です。富士山大好き人間で富士山には30歳代に登り始めてから今まで21回登頂しました。今年「富士吉田駅」が「富士山駅」に名称が変わる日を記念して駅から徒歩で頂上まで目指してきました。富士山駅―北口本宮富士浅間神社―馬返し―5合目―頂上のルートで登ってきました。皆様の参考になれば幸いです。

■富士山駅を出発
当日は晴れ間が時々垣間見える薄曇りの日でした。前日、駅近くのホテルに宿泊し富士山駅に朝7時半頃立ち寄り、記念の切符を買い求めました。11時半から行われるセレモニーの支度を横目に金鳥居を通ってから北口本宮富士浅間神社に向かいます。

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出発地点の富士山駅は標高が810mほどで、そこから一つ目の信号のところにある金鳥居からはアスファルト道路が一直線に富士山目指して伸びています。
道路の先には富士山が絵葉書のように浮かび上がっていてここからあの頂上迄、標高だけでも3000m近く登っていくのかと思うと愕然とします。
なんと距離のあることか。
7月15日からは馬返しまでバスが出るようですがせっかく休暇を取っての登山、時間はあるのですべてを味わってやろうと、敢えてタクシーも頼まず歩み始めました。

神社への道路は歩いてみるとなだらかな勾配で、ひたすら一直線に富士山に向かって上って行きます。途中、本道から一本左側の脇道にずれて旧道らしい道を歩いてみると車も少なく昔ながらの住宅街が整然と並んでいます。

昔の登山者や富士講参りの旅籠であったであろう『御師』の建物、看板も見られました。どの家も富士山を眺められる方向に窓がついています。いつも絶景を眺められるこの町の人達は此処に住んでいるだけでも幸せだなと感じます。

側溝には富士山からの清流が音を立てて流れていました。
神社前にお店が見当たらず少し遠回りをして、コンビニに立ち寄り昼食や飲み物を購入。
5合目までどこにも補給する場所がないだろうと覚悟しての出発でした。

■北口本宮富士浅間神社にて

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準備が整い、北口本宮富士浅間神社に立ち寄ると、境内は涼しい木陰に囲まれた静寂の中にありました。
駅と同様にここも朝から山開き当日の準備中でした。木の枝を編んで造った大きな「輪」が本殿前に用意されている。
無神論者だがこんな時だけは修行者と同じ作法を真似させてもらい、説明にしたがって三度その輪を潜って登山の無事を祈った。「茅ノ輪くぐり」というらしいが入魂儀式の前だろうから果たして効用があるのやら。

本殿前にはお清めの「水場」がありコンコンと清水が湧き出ている。一汗かいたので飲んでみると富士山からの水だけにさすがに美味い。
しかし「汲み水禁止」の立て看板があるので作務服の方に尋ねると『ポリタンクで汲みに来る人がいて、参拝者の迷惑になるから看板を立てています』との返事。
私はせっかくなので富士登山にこの水を持って行きたいと所望すると作務服の方は『私も2度ほど登っています。ここからですか、大変ですね』にっこり笑って『結構ですよ、どうぞ汲んでいってください、それくらい結構です』あっさりと許可してくれた。

要はマナーの問題である。

周りに気遣いをしない人がいるからこんな立て看板が立つことになる。
ホテルで汲んできた水道水2リットルをここでおいしい水と入れ替え、他にスポーツドリンクを1リットル。
これが5合目までの飲料水となる。いざ出発。『お気をつけていってらっしゃい』笑顔でお見送りを受けた。

■北口本宮富士浅間神社から馬返しまで

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本殿から右側の裏口に廻り、アスファルトの道路に出る。登山者向けの「遊歩道」がそのアスファルトの道路と平行して浅間神社から馬返しに至るまでの10Km以上ずっと繋がっている。

遊歩道は自然の地べたの道路である。
木立に囲まれ誰も人が通らず淋しいが日差しが差し込まないために帽子も要らないし涼しい。

数人のグループなら女性でもここを通っても大丈夫だろう。
時折近くを並行して走る車の音さえ聞こえてくる。

■馬返しに到着

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朝7時半に富士山駅から歩き出し、馬返しに着いた時は昼になっていた。

高度も810mから1450mと600mは上がってきたことになる。
ずっと遊歩道を歩いたせいか売店は途中一軒もなく「中の茶屋」を通過した時も11時前だったせいかお店は閉まっていた。

馬返しは車で一杯だった。
今は「馬返し」ならぬ「車返し」と呼ぶべきなのだろうがここからは車では上がれない登りの道が続く。

7月15日からはここまでバスが通る予定でそのキャンペーンもあってか市の職員による飲み水や飴の接待が入り口「休み処」で行われていた。

この吉田口登山道は「馬返し」から登り始めれば5合目まで4時間前後で登れてしまうし、危険な箇所もほとんど無い。

同じ1合目から登るにしても精進湖口登山道や船津口登山道と比べれば楽な登山道である。

シーズン中バスが通ることで今後、麓から登る登山者たちはきっと飛躍的に増える事だろう。

浅間神社のお清めの水ではないが、立て看板だらけにならないようマナーを守って登ってもらいたいものだ。

トイレについて話すと「浅間神社」「馬返し」以外では途中に「中の茶屋」に簡易トイレがあるだけだったので特に女性は注意した方がいいでしょう。

馬返しで昼食を食べ終わる頃から天候が不安定になりだした。
レインウェアーを羽織ったり脱いだりしながら2合目、3合目を通過した。

平日なのでちらほらと登山客とすれ違うだけだった。

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ある山小屋跡では、小屋の前の広場に設置してある木製のテーブルや椅子が朽ちて壊れかけていた。

3年ほど前通過したときに腰を下ろして休んだものだったが次回来る時にはすべてが朽ち果てて残骸となっている気がした。

ちなみに1合目から5合目の間にトイレ、水場は一切無い。

5合目が近づくにつれ天候は下りになってきて小雨が続いた。
山道からアスファルト道路に出て少し進むと5合目の佐藤小屋が見えてきた。

ベンチで雨宿りをして時計を確認すると15時30分近くなっていた。

■星観荘

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佐藤小屋を通過したところをすぐ左折してコンクリート階段を登っていくと本日の宿泊の予約場所、6合目『星観荘』にたどり着いた。

5合目と6合目とはほんの5分ほどの距離しか離れていない。

以前このルートを偶然に登った時に「こんなところに山小屋があるの? 」と気になっていたところだったが数日前に登山計画を練った時に今回の宿泊場所として予定に取り入れていた。

わき道にあるような山小屋なので混まないだろう。トイレを利用した時に清潔だった。

そんな印象を持っていたので一度は泊まってみようと考えていたのだった。
到着予定を午後の15時半から16時前後と前もってインターネットで伝えていたが、ほぼ予定通りだった。

階段を登りきると眼下に佐藤小屋の雨に濡れた屋根を見下ろせた。

小屋のガラス戸を開けると、よちよち歩きのココちゃんという1歳半の女の子がそのお母さん、おばあちゃんと3人で迎えてくれた。

おばあちゃんといっても50歳前後、お母さんも20歳代と若い美人家族である。

ココちゃんの笑顔やそれを取り巻く家族風景が、疲れた身体で登ってきた登山者の心を癒してくれた。

7月1日の山開きのこの日、驚いたことに100人収容のこの山小屋に今晩の予約は私一人であった。

一泊二食8400円を先払いし、天候によっては山頂に向かって夜中に出かける可能性を伝えておいた。

夜のうちにおにぎりの朝食でも作っておいて貰えれば好きな時間に出発できるし朝飯作りの手を煩わせないで済む。

雨で濡れた衣類を乾かしに乾燥室がある外に出る。
乾燥室はトイレ室も兼ねていて同じ一つ屋根の下である。

発電機の余熱でトイレ全体も暖かくなっていた。

夕食までに時間があり、朝から8時間ほど歩き続けた疲れが溜まっていたので休憩室に一つだけマットレスを引き出してその上に寝袋を敷いて30分ほどウトウトした。

歩数計は朝から25.600歩を数えていた。

18時になり食事時間となって、囲炉裏の前に用意してもらったテーブルに座ると松花堂弁当の夕食が用意された。

中には分厚いハンバーグ、生野菜、ご飯、漬物、フルーツが収められていた。
天候や人数によっては外でバーベキューの夕食も出すというから驚きである。

味噌汁もお茶も戴き夕食はとてもおいしかった。
7合目以上だとカレーライスが発泡スチロール製の食器で出るだろうが、ちゃんとした食器で食事が出てきてそれだけでもうれしくなる。

この山小屋は10年以上前まで一時営業を中断していたが、その後山小屋を再開し今日に至っているという。
山小屋の主人の性格の現われなのだろう、山小屋のイメージからは遠い清潔感の溢れるきれいな室内であった。

夕食後、特に目覚ましアラームもつけずに早めに横になった。
天気予報は曇天を告げていたのでどうせ夜中の出発は雨で駄目だろうと思っていたのだった。

■夜中の出発
零時前に目が覚め、念のためにガラス戸越しに夜空を見上げるとなんと星空が広がっている。
雨がカラリとあがっていて満天の星空なのである。
これは行くしかない。

ここから朝、河口湖5合目駐車場に行きバスで下山を考えていただけに準備の切り替えに戸惑う。
枕元には頼んでいた朝食のおにぎりがビニール袋に既に用意してある。

おにぎりだけでなく数種類のお菓子やチーズが添えられていて登山者への心遣いがうれしい。
どたばたと服装を整えると、時間が時間だけに何の挨拶も告げずにそっと山小屋を後にした。

ココちゃんにまたお目にかかる日が来るだろうか、その時はどんな娘さんになっているだろう。

星空の元、星観荘から六角堂を通過し6合目安全センターに向かうが道は狭く周囲は真っ暗でヘッドライトだけが頼りとなる。
慎重に足元を見つめて道を間違えないように進む。分岐路が無いので迷う心配は無かった。
やっと6合目に着くと午前1時過ぎになっており何人かの下山者とすれ違った。
気になっていたので頂上の様子を聞くと上りの道は雪も残っていないので問題はないと言う。
ただ問題は戻りの下山道が通行止めでそのため8合目まで交互通行になっているという。
雪が積もっていて使えないのか原因はわからない様子だった。
6合目から7合目までの登山道は、砂礫交じりで足をとられ星観荘から2時間かかった。
ここに来て呼吸が苦しくなる。何度も帰ろうかと思った。
いつもこの辺の高度2700m前後で弱気になってしまう自分を見出す。
高山病になりかけで生あくび、吐き気が出てくる。
食後時間がたっているから吐かないですんでいるがやたらと呼吸が苦しく一歩一歩が重く辛い。
後ろ向きの考えばかり出てくる。戻ったらどうだ、この先余計苦しいぞ、山小屋に戻って寝たら楽だぞ。
あえぎながら登るが他の登山者が前後に誰も見えず真っ暗である。
シーズン中の数珠繋ぎの光りの列が嘘のように淋しい。
やっと7合目の山小屋に着き、それと同時に足元が砂礫から岩場に変って、登りのリズムが何とかつかめてくる。
ズルズルとずり下がりながら登るのではなく踏ん張って登れるようになっているためだろう。
鼻で吸気、口で呼気を心がける。
口で息をするより鼻で吸い込んだ方が胸の奥まで酸素が満たされる感じがする。
「丹田」に空気を押し込むという奴で、以前空手をやっていた時代、この呼吸を知ったが確かに効果はある。
スッスッスーと鼻の穴を膨らませて何回かに分けて臍下に、鼻呼吸だけで空気を吸い込む。
次に口から肺の空気を出し切る。それを数回続けると息苦しさがなくなってくる。
空手をやっていた呼吸がこんなところで役に立つ。
7合目は脚を使うよりむしろ岩場に掴まるため両手のストックが邪魔になってくる。
高度が上がるほど、肺への酸素の入りが薄くなる実感がしてくる。
苦しくなると夜空を見上げて休んだ。
7合目、8合目と山小屋のベンチにたどり着くたびに星空を見上げた。
この夜は富士山ならではの他では見られない満天の星だった。
ミルキーウェイというが、本当にミルクをその星空の一角に流したように、流星群となって白く染まっている処がある。
ミルキーウェイ、まさにその名の通りの光景だ。
夜間登山ならではの光景を、苦しさとともに何度も味わったものだった。
麓から歩いたせいか、歩調が鈍くなる。

■ご来光

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ご来光の時間は7合目の東洋館で迎えた。
我が頭上に雲なし、我が眼下に雲海ありの状態で、その雲海が白く光り始め、だんだんと赤みを帯びた輝きを増すと、やがてポッと赤い光りが雲から頭を覗かせる。
何度見てもご来光の瞬間は神々しく美しい。
頂上でなく7合目からでもこの美しさは変らないものだった。
 9合目の鳥居下で、これからの日差しに備え厚着から薄着へ着替えザックを整理した。
日焼け止めも塗りなおす。
単独登山なので健康管理には人一倍気をつけ、休憩をとるたびに意識してこまめに水分を補給した。

■山頂

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頂上に着いたのは朝の10時を回っていた。
頂上では山小屋、神社、トイレ、すべてが閉まっていた。
火口から剣が峰を望む地点まで行ってみたが、剣が峰は雪で白く染まっていた。
お鉢めぐりも出来そうにない積雪である。
ここで岩に腰をおろして昨夜出発してから初めての大休憩をとった。
火口を眺めながらおにぎりを一個だけやっとの思いで飲み下す。
疲れ果てて食欲がないが何も食べなければスタミナ不足を増すだけだ。

■下山

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下山道の入り口には確かにロープが張ってあったが何の説明もなかった。
工事機械が隅っこにおいてあるので工事中かとも思ったが理由がわからない。
途中登りながら観察しても下山道に積雪の様子はなかった。
ロープを無視して降りていく人も居る。
ほかの登山者とも話したが皆、何故禁止なのか不思議に思っているようだった。
本来一方通行の富士山の山道を交互通行で使えば衝突して危険なのは明らかで、しばらくの時間ハムレットの心境になった。
下山道を選ぶべきか否か。
ツービー、オァ、ノットツービー。
ザッツ、クェスチョン。
結局、茨城のハムレットは下山道を選んだ。
山は登りよりも下りが事故を起こしやすい。
疲れて踏ん張りが利かなくなっているのに険しい登山コースを降りては大事故の元である。
そう自主判断した。
路上に万が一積雪があっても、念のため登山靴につける簡易アイゼンも用意していた。
危険だったら最悪、また山頂へ戻ればいい。

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砂礫と岩の混じる下山道を延々と下った。
途中、脚の踏ん張りが利かなくなったのか砂礫に足をすくわれて3度ほど尻もちをついた。
体を支える踏ん張りが麻痺し太腿がこわばってくる。
下山したら、筋肉痛が数日続くだろう。
九十九折の下山道が終わると避難トンネルが見えて後は一直線になった。
結局、下山コースは安全面からまったく何の問題もなかった。
途中に積雪は一箇所もなく道路工事中の箇所も見られなかった。
係りの人がロープを外し忘れているとしか思えなかった。

6合目安全センターを通過する時、係りの人達に見てきた状況を伝えた。
安全センターの人達が配っている手元のパンフレットを見せてもらうと、確かに下山道は通行禁止になっていたが彼ら自身がその理由をよく知らないようであった。
おそらくこの体験記が皆さんの目にふれる頃には、下山道も開通していることと想像するだけです。
約4時間を費やして頂上から河口湖口5合目駐車場に着くと時計は午後の3時近くを指していた。
河口湖駅の周辺で風呂に入り汗臭い身体を洗いたかったが新宿駅に向かう直行のバスが間もなく発車する予定になっていて急いで自販機で冷たいお茶を購入するとバスの人となった。
5合目から2時間かけて新宿駅に着くとトイレで砂塵だらけの服装を新しいものに着替えた。
いくつかの乗り換えの後、茨城の潮来に戻ると20時近くになっていた。
風呂に入って汗と埃を拭い去り、自分の登山前と登山後の体重を測定してみる。
体重は出発前に73.6Kgだったのが71.2Kgと2Kg以上減っていた。
テーブルに就くと妻にリクエストしていた定番の山登りの後の料理、ゴーヤチャンプルとマグロ刺身のカルパッチョをつまみに冷たいビールを飲む。
深い疲れと大きな充実感のなか、今回も無事下山できた喜びに包まれるのだった。
色々な絶景が酔いのなかで思い出された。
きっと私は健康である限り、また富士山に登るだろう。
今回、富士山駅から頂上までを中心に体験を書きましたが、麓から行く場合、水は5合目まで無し、トイレも書いてある通りの場所しかありません。
頂上ではこの時期、すべてが閉まっていますので9合目までにすべて済ませておかねば一大事になりますから計画的に山小屋情報を調べておくことをお薦めします。
最後になりますが、今回たまたま天候に恵まれましたが、最悪を予想して準備し事故の無い様に登山されることを祈ります。

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